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【小説】「イワン・デニーソヴィチの一日」ソルジェニーツィン作 食事と仕事の大切さ

イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)

タイトル: イワン・デニーソヴィチの一日
作:    ソルジェニーツェン
訳:    木村浩
出版社:  新潮社
出版年:  1963年
ページ数: 278ページ

こんな人にオススメ!
 歯ごたえのある短編が読みたい人
 刑務所ご飯に興味がある人
 極限下の人間に興味がある人

 

締めの一文の凄み、食と仕事について改めて考えさせる作品

父親の本棚で見つけて勝手に自分のものにした本です。

何度も読み返してボロボロになって新版を買い直しました。

ソ連ラーゲリ(強制収容所)で過ごす老人のある1日を描いた小説です。

最後の2行で何度読んでも「ふぃー」とため息が出ます。

 

あらすじ

氷柱がさがったバラックの3段ベッドの真ん中、そこがイワン・デニーソヴィチ(別名シューホフ)に与えられた唯一の個人スペース。

彼は年齢と環境からくる節々の痛みを抱えて今日もゴソゴソ起き上がる。

スッカスカの野菜汁と粥を噛みしめて味わったあと、同じ班のメンバーと極寒の中作業へ出かける。

今日班に与えられた仕事は、暖発電の建物を建てること。

現場でシューホフに与えられた仕事は2階のレンガ積み。

 モルタル、ブロック、モルタル、ブロックと繰り返し積んでいくうちに体の痛みやラーゲリに残してきたパンのことも忘れひたすら仕事と向き合うシューホフ。

そして作業を終了時間ギリギリまで熱心にこなした後は、またスカスカ野菜汁の夕飯を味わって満足して眠りにつく。

 

おすすめポイント

人間にとって今でも重要な「食」と「仕事」の根源的なあり方を描いている点です。

 

 

 野菜汁と粥、そしてパン。これがラーゲリでの食事のほぼ全てです。

なぜか、この無駄をそぎ落とした最低限のメニューが美味しそうに思えてならないのです。

 

食べるときには、食べ物のことだけ考えればいいのだ。つまり、今、このちっぽけなパンをかじっているように。先ずちょっぴりかじったら、舌の先でこねまわし、両の頬でしぼるようにするんだ。そうすりゃ、この黒パンのこうばしさよ。シューホフはこの八年、いや足かけ九年、なにを食ってきた?ろくなものじゃない。じゃ、胸につかえるか?とんでもない!(69ページ)

 

さあ、これからは食べることにすべてを集中させなければならないひとときだ。皿の底に薄くのびている粥(カーシャ)を、きちんきちんとはがして口へいれ、舌の先でこねまわすのだ。(111ページ)

 

シューホフは内ポケットへ手をいれ、白いボロ切れに包んだ、半円形の凍てついたパンの皮を取りだすと、それで皿の底やまわりの燕麦粥の残りかすをきれいに拭いとった。それがすこしたまると、パンの皮についた粥(カーシャ)を舌の先でなめ、さらにもう一度、きつく皿の底をこすりとった。とうとう皿は洗ったようにきれいになった。 (112ページ)

 

こうして味わったカチカチのパンのかけらや粥の残りかすは、私がいつも食べている食事より美味しそうに思えてなりません。

シューホフと自分では食事の価値が全く違うのは確かなのですが、ここまで食べ物を隅々までしゃぶりつくして味わったことが自分にあるだろうかと思ってしまうのです。

 

 

また、シューホフは仕事の意義もよく分かっています。

 

シューホフは天を仰いで、思わずおどろきの声を放った。すんだ空に、お天道様がもう中天たかく昇っていたからだ。これはふしぎ!仕事をしているとあっという間に時間がたってしまう!(92ページ)

 

モルタルを塗り、ブロックを積む繰り返しの作業を、シューホフは職人の誇りと共にこなしていきます。

職人の自分だからこそうまくこなせる仕事があるということが、シューホフの生活を張り合いのあるものとしているのです。

シューホフのリズミカルな職人仕事ぶりは、仕事が人間に誇りと張り合いを与えてくれることを気づかせてくれます。

 

 

ソルジェニーツィンには、この作品によってソ連の非道な政策を非難しようという意図があったのかもしれませんが、ソ連がなくなった今読んでも変わらず面白いです。

どんなひどい環境でも目先の楽しみを支えに生きていく強さや、しっかりと営んでいく生活の力強さというものを普遍的に示しているのです。

 

 

ソルジェニーツェンはソ連時代の収容所について「収容所群島」などでも描いて世界的に評価されています。

彼の他の作品としては、「ガン病棟」もおすすめです。ラーゲルとは異なる病院での集団生活の様子を描いていて、恋愛要素も少しあります。

また、「マトリョーナの家」という作品も、社会の片隅で生きてきた一婦人の生き方や心情を丁寧に描写していて胸にくるものがありました。

上に挙げた2作品は、「イワン・デニーソヴィチの一日」に比べて少し入手が難しいかもしれませんが、非常におすすめです。